第9次訪問団:活動内容報告書

ブータンの土地で幸福を探して

日本をはじめとした先進諸国において,人々は理性に基づいた効率社会を築き上げてきた。しかし,この社会の効率化を達成した後に気付くのは,感覚を置き去りにされた空虚感であることは,多くの人々が認識しているのではないだろうか。そして,その空虚感を埋めようとする現代日本人の叫びが,ブータンに対する強烈ともいえる羨望の念として表れているように感じる。「幸せの国と言われているブータンと日本の社会の違いは一体どこにあるのか?」ブータンの地に足を踏み入れる前に自分が考えていたこととは,このようなブータンの特殊性に対する想いであった。
九州ほどの面積を持つブータンには,国民の幸福を実現するために国を貫く発展理念が存在する。それは,ある一要素(経済等)の一方的な増大を善しとした直線的な発展ではなく,様々な豊かさの要素の「バランス」を重視する,というものである。そして,この豊かさのバランスを達成するために,ブータンは国が主導して社会や環境(自然,歴史・文化)の豊かさを保持するとともに,教育や仏教(瞑想)を通じて,個々人のリテラシーとして自己(Self)の自‐他の間のバランスをとることを身に着けさせることを重視している。この政治と宗教の2つの源泉から構築される2つのバランス,すなわち幸福における「要素間のバランス」と「自己のバランス」がブータン国の基盤に敷かれ,国民の心の中にも根付いている。ここで誤解を避けるために述べておくが,ブータンは経済発展を放棄しているというわけでは決してない。そうではなく,経済発展は国や個人の自立のために必要な一つの重要要素であると認識している。現地でお話を伺った王立ブータン研究所所長のDasho Karma Ura氏は,日本の社会について,全てのものがあまりにも整然と規律づけられていると述べられ,経済的豊かさを手に入れた末に構築してきた日本社会の洗練された仕組みは,国民に自立をもたらすどころか,逆に人々の主体性を無意識下に奪い取っている,という危機感を感じておられた。
このように国の目指すべき発展理念が国レベルで強く統一されたブータンでの滞在を通して感じたことは,ブータンにおける幸福は,洗練された効率社会の中で経済的な豊かさを手に入れた強者に与えられるものでも,神聖な桃源郷の中で仏教の崇高な道を究めた高僧に与えられるものでも決してないということである。そうではなく,幸福の2つのバランスに関する理念は国民の中に広くアイデンティティとして存在するとともに,その実践は小地域に抱かれた固有の自然や文化,そして人との具体的な関わりの中で実現される。そして,その関わりの中で生きる人々の姿から見たものは,ブータン社会に固有な特徴ではなく,身近な自然や先人たちが引き継いできた文化に対する畏敬の念や,家族や血縁・地縁を共有する人々との間の繊細な相対性・全体感覚を基礎として,日々自らの生活する土地の上に足をついて生活する日本の農村社会の人々の姿であった。日本やブータンの農村社会は,日々生活を営むための農作業を行い,必ずしも時間的・経済的な余裕があるわけでも,行動や関わりを広く自由に選択できるわけでもない。しかし,ブータンが目指していた幸福は,個々人で独立に形作られるものではなく,時間をかけて個人‐社会・環境の間の関係に資産として埋め込まれる集合体としての幸福であった。日本との違いを求めて足を踏み入れたブータンの国で自分が見たものは,以外にも日本の農村社会との間で共通した姿であった。
最後に,このような機会を与えてくださった松沢先生をはじめとした大学関係者の方々,ブータンでの日々の時間を共有した第9次訪問団の皆様,そしてガイドのSonamさん,ドライバーのDorjiさんをはじめとしたブータンで出会ったすべての方々に対して感謝の意を表します。今後は,このブータンで得た貴重な経験を,日本を中心とした社会に広く還元していきたいと考えています。

大学院地球環境学舎 博士課程3年 福島 慎太郎